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社員全員が取締役!?

類設計室(取締役塾職員・残業代)事件・京都地裁平成27年7月31日判決の紹介文を読みました。
まぁ、よくこんな裏技みたいなこと考えるなぁ・・というのが率直な感想です。

つまり、取締役っていうのは社員ではなく、会社と取締役の契約関係は「委任契約」なので労働基準法の適用がありません。
だからいくら残業させても、休日出勤させてもかまいません。
この会社は関西で「類塾」を営んでいる株式会社類設計室という会社なのですが、ここに入社すると6か月の使用期間終了後、会社の株式を譲渡され、取締役就任の同意書を提出することになっているようです。
すなわち6か月の試用期間が過ぎるといきなり取締役になってしまうわけです。
取締役だから残業手当払わなくてもいい、という会社の理屈のようです。
でも、こんな都合のいい話が通るはずがありません。
判決によると、

・取締役の登記がされていないこと
・取締役の選任手続きが取締役会の承認をとるなどの適切な手続きを踏んでいないこと
・全正社員が参加する会議は取締役会と同視できないこと
・出退勤が厳格に管理されていたこと
・取締役にふさわしい金銭的な扱いがされていないこと

といった理由から社員を「取締役」と扱うことを否定しています。
すなわち、いくら会社が「こいつは取締役だ」と叫んでも、それが社会通念上外見がきちんと取締役として 認定されなければ認められないということです。
株式を譲渡しただけでは「株主」にはなれますが、自動的に「取締役」になれるわけではありません。

誰がこんな荒業を考えたのかわかりませんが、一般的な労働判例を見るなり、専門家に相談するなりすれば、こんなバカな理屈が通るわけがないことはすぐにわかるはずです。
まぁ、考えた人は「俺ってすごい!」なんて思ったのかもしれませんが、おバカを絵に描いた感じです。

こんなくだらない事考える時間があるのなら、もっと労働時間を有効に活用できる体制を考えるなりすべきです。
それにしても、ホント次から次へとよく考えつくものだと感心します。

<ほっともっと>店長の遺族が損賠提訴…自殺は過労が原因

また出ましたね。
最近本当にこういう記事が目立つようになりました。

<ほっともっと>店長の遺族が損賠提訴…自殺は過労が原因

三重県内の2店舗の店長だった男性が11年4月以降、ノルマの強要、いわゆるパワハラと、最長で274時間に達したという月間時間外労働によりうつ状態となって自殺してしまったとの事です。
遺族がそれに対して弁当チェーン「ほっともっと」の運営会社である「プレナス」(福岡市)に対し、逸失利益など9300万円の損害賠償を求めて長野地裁に提訴した、というものです。
最近こういったブラックな職場環境が問題となってきているのに自社は大丈夫、などといった、というか、利益追求のために見て見ぬ振りする会社がまだまだ多すぎます。
それによって人が不幸になっているのに、それに目を向けようとしない態度は非常に問題かと思います。
会社の体質というのはなかなか変革できるものではありませんが、それでも経営者は自社の社員を幸せにできないことを恥じる姿勢があってもいいのではないかと思います。

この案件は記事によると、四日市労働基準監督署が昨年1月に労災認定を出しているとの事。
「プレナス」が裁判に勝てるとはちょっと思えません。おそらく賠償額もほぼ請求通りになるのではないでしょうか。
まぁ、判決までに和解になるとは思いますが。

それにしても、目先の利益にとらわれて、人を不幸にしたばかりでなく、大きな損害金を払い、会社の名前がでたことでの損害もはかり知れません。
経営者は「利益を追求する」ということが一番重要なミッションであるかとは思います。
しかし、その追求すべき「利益」とは何なのか、そして長期的な視点にたった「利益」を永続的に得続けるには何が大切か、を考えていかなければいけないのではないでしょうか?

メンタル問題は、なった本人も、その周りの人々(家族・友人・同僚等々)、会社、そして社会も、みんなが不幸になる問題です。
ぜったいに誰も幸せになりません。

KOBE鉄人プロジェクト

ほぼ1年ぶりで神戸市長田区まで行ってきました。
フェイスブックにもあげたのですが、長田にはKOBE鉄人プロジェクトにより製造された「鉄人28号」がでんと、据えられています。
さすがにできたての頃より色が多少退色していますが、それがかえってなじんだ感じがしてます。
それにしても結構迫力があります。
お近くにお寄りの際はぜひお立ち寄りください。

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「前触れなく解雇通告」IBMロックアウト解雇訴訟で元従業員勝訴、解雇無効に

IBMの解雇訴訟で東京地裁が解雇無効判決を下しました。

「前触れなく解雇通告」IBMロックアウト解雇訴訟で元従業員勝訴、解雇無効に

詳しい判決の内容はまだ確認できていないのですが、記事を読む限り・・

1.解雇そのものは、解雇するほどの業績不良はなく、解雇権の乱用であって無効。
2.解雇は業績の不良を理由にされたものであり、原告の主張する「組合の弱体化を意図した」ことまでは確認できない。
3.ロックアウト(会社側による作業拒否)に関しては、組合員を狙い撃ちした裏付けはない以上、ロックアウトは違法ではない、と判断。


となっています。
まぁ、いくつか疑問があるのですが、アメリカ式の解雇事由の風潮に待ったをかけたという点では評価できると思います。
私も外資系の企業に在籍していましたが、役割を十分はたせない、ということは、その人を成長させるためのコストとの比較によってコスト増と判断されたなら「解雇」対象者となります。
前にも書いたかと思いますが、日本企業と外資企業の「人」に対する考え方は大きく違います。
どちらも「適材適所」を謳ってはいますが、

・日本企業は原則として「適材適所」で人を適した役割に付けるという考え方
・外資企業は原則として「適所適材」で役割優先で役割に適した人を配置する、という考え方


と、なります。よって、外資では役割がなくなれば、そこに就いていた人は不要になります。
「人」=「コスト」
と、完全に割り切った考え方が優勢になります。
まぁ、こういった考え方が「解雇自由の原則」などと言われるのでしょう。
どちらにしても、この判決は日本での「雇用」の問題をはっきりと外資企業に突き付けた判決といえるのではないでしょうか?
似たような訴えはあちこちでおこっているので、それらの訴訟や和解にもかなり影響を与えそうです。

あと、ちょっと気になるなぁ、と思ったのが「ロックアウト」です。
この判決では「ロックアウト」自体は有効としています。しかし、これってそもそも「ロックアウト」なのかなぁというのが私の疑問です。
それと、仮にロックアウトが有効としたら、そのあとの賃金支払い義務を会社は免れる可能性がありますが、その辺りの判断はどうなっているのでしょう?
話しが違う方向に進んでしまいそうなので、今回はこれでとめておきますが、またどこかで調べてみたいと思います。

コンピューターの歴史

昨日、昔の同僚や友人たちと昼から夜遅くまでわいわいやってました。
お騒がせしました居酒屋さん、カラオケ屋さん申し訳ありませんでした。
男5人でお騒がせしました。
<(_ _)>

私を含めて集まった全員が情報システム出身者。
私の世代はメインフレームと呼ばれるホストマシンシステムからオンラインシステム、VAN(Value Added Network)、ISDN,TCP/IP,LAN、クライアントサーバーシステム・・・などと、言ってみればコンピューターの歴史をそのまま体験してきています。
そんなんで共通項目が無茶多いので、何言っても「あるある」状態。
盛り上がらないはずありません。
してきた苦労もほぼ同じ。
ユーザーのわけのわからない要望に振り回されたり、苦労して作って納品したら全然使ってくれなくてへこんだり、納期に間に合わせるために会社泊まりこんだり連日徹夜したり・・・
まぁ、話題にはことかきません。
でも、ちょっと話すぎて疲れました
(^^ゞ

ちなみに私のITのコンピュータースキルは・・・
メインフレーム ・・ バロース(現UNISYS)OS MCP BataBase DASDL  COBOL(Ansi74)  ALGOL DCALGOL
パソコン OS CP/M MS-DOS WindowsNT3.5 4 OS/Warp Windows2000 Server Windows2003 Server ZENIX(IBM UNIX) Linax
 DataBase SQL-Server MySQL ORACLE Access
言語 アセンブラ Basic(各社) C C++ Delphi VBA BisualBasic
等々・・
これらの単語みて懐かしいなぁなんて思う方もおられるのでは?
 

130万の壁が106万円の壁へ

今日は社労士会の政策セミナーに行ってきました。
その中で出た話。

よく知られているように今年(平成28年)の10月から501人以上の会社で勤務する人の場合、
1.週20時間以上
2.月額賃金8.8万円以上(年収106万円)以上)
3.勤務期間1年以上見込み
4.学生ではない
に該当する人は社会保険の加入対象になります。
500人以下の企業でも「労使合意」があれば導入も「可能」です。

しかし、今でも「130万円の壁」と言われているように、パートの方の多くは年収が130万円を超えないように労働時間の調整をする傾向にあります。
それが今年の10月以降「106万円の壁」になるわけです。
すると、どうなるか?
「130万円の壁」でも年末近くになると社保の対象になるのを嫌うパートさんたちが時間調整にはいってしまうので人手不足現象が生じます。
それが「106万円の壁」になってしまうわけで、時間調整がさらに輪をかけてきつきなりますので、激しい人手不足が生じる可能性があります。
そうなってしまうと企業にとっては大きな痛手です。
その辺り政府もわかっていて、何らかの手を打つ準備をしているとのことでした。

しかし、今回の法改正はもともと「短時間労働者のセーフティネット強化」が目的であったはずです。
それが「106万円の壁」というように、単純に「被扶養の条件の厳格化」としかとらえれていないところに問題があります。
企業としても社保対象者が増えると社会保険料の会社負担金額が増えてしまい、人件費の高騰につながってしまいます。
一方パート従業員としても社保に加入することで保険料や掛け金を徴収されるため手取り金額が減ってしまい、「損した」感覚を持ってしまいます。
これでは本来の目的を達成することは到底かないません。
本気でこの問題を考えるのであれば、国民年金第3号被保険者制度や健康保険組合の被扶養者の扱いに関して根本的に考え直さないといけないのではないかと、私は考えます。

なんか片手落ち感があるなぁと考えるのは私だけでしょうか?

目途と目処

テレビのニュースを見ていて、その中で、
「もくとがついたので・・・」
という発言がありました。
「もくと」ってなんだろう?と思っていると字幕がでたのですが、そこには
「目途がついたので」
と書いてありました。
それでやっと
「もくと」=「目途」
とわかったわけなのですが、「目途」を「もくと」と読むと初めてしりました。
いや、お恥ずかし限りです。
私は、「目途」は「めど」とばっかり思ってました。
でも、ちょっと調べてみると「目途」とかいて「めど」とも読むし、「もくと」とも読むそうです。
もともと「もくと」の「目途」は「目標」と同じ字だったらしく、それが「めど」とも読むようになったらしいです。
でも一般的には「もくと」なんてあまり使わないので、「めど」の方が主流とのことです。
それをわざわざ「目途」=「もくと」とよんで、「もくとがついたので」なんていうのは現在の使い方からするとちょっと違和感があります。
単に「めどがついたので」と言えばいいのになぁ、と思います。
まぁ、別にどうでもいいことではあるのですが、やはり一般的な表現を使わずあえて難しい言葉を使っているとするのであれば、そこに何か隠された意図があるのではないかと、とつい疑ってしまいます。

ところで、「めど」は「目処」とも書きます。
どうも「めど」という表記では「目処」の方が本家(?)のようです。

労働時間に関して 労働時間管理の重要性

これまで、労働時間について書いてきました。
労働時間に関してはいったん今回で終了とし、また後日改めて書きます。
ただ、最後に労働時間というものに対する意識や労働時間の管理というものがなぜ必要なのかを考えてみたいと思います。

法律的に見て、使用者は、賃金計算の基礎となる労働時間を把握する義務があるため(労働基準法108条、労働基準法規則54条)、適切な把握・管理をする義務があります。
具体的には、タイムレコーダーを設置する、ICカード等を使用する、出勤退勤簿等を設置する等を行って、従業員の客観的な労働時間を把握・管理する必要があります。

仮に従業員の労働時間把握・管理を怠っている状況下で、従業員から未払残業代請求をされた場合(最大過去2年に遡って請求される可能性があります)、客観的な労働時間が判明していないため、従業員が残しているメモ等を元に、客観的な労働時間よりも遥かに多い労働時間を認定されてしまう可能性も十分考えられます(ICカードの入退館記録はほぼ丸のみされる)。
また、不幸にも、労働者が業務によって亡くなった場合で過労死・過労自殺であるとして責任追及された場合、客観的な労働時間よりも遥かに多い労働時間を認定され、責任を負わざるをえない可能性も存在します。
このように、客観的な労働時間を把握・管理していなかったばかりに、負わなくてもよい責任を負わざるを得なくなる可能性もあり、大きなファイナンシャルリスクです。

そして、不適切な労働時間がもらたす労働者の健康上のリスクもあります。
客観的な労働時間を把握・管理していれば、長時間労働の実態等を早期に発見し、その改善を行うことができ、その結果として、従業員の過労死・過労自殺の防止にもつながります。
そこで、使用者・会社は普段から客観的な労働時間の把握・管理に努め、トラブルを未然に防止する必要が生じます(楼度得契約法の安全配慮義務)。
また、コンプライアンスの重要性が増している現在では、適切かつ客観的な労働時間管理は事業主の義務であると認識されています。
さらにメンタルヘルス問題に関連して、厚労省では長時間労働への対応を強化しており、各種のメンタルヘルスに関する通達をだしています。
長時間労働によりメンタルヘルス問題が発生してしまうと治癒が非常に困難であり、本人、家族、知人、同僚、会社と、周辺すべてが不幸になる要素を持っているます。
現在では長時間労働=悪、というイメージが定着しつつあり、それが新たな会社の責任とリスクを生み出しています。

労働時間を適正にコントロールすることは、単純にコストアップというわけではなく、

①労働時間が短縮されることで生産性があがり、労働時間コストを減少させる
②ワークライフバランスを充実させることでモチベーションをアップさせ労働の質を向上させる
③ワークライフバランスの充実でメンタル・フィジカル両面の健康増進が期待でき、疾病リスクを減少させる
④就業時間短縮はエネルギーの消費を抑え、環境へも寄与する
⑤労働環境向上により会社の社会的評価が高まり企業価値が上がる

といった効果が期待されます。

労働時間管理は実際にやってみると実に大変な作業です。
しかし、これをおろそかにすることは経営の怠慢であると非難されても仕方ありません。
改善の前段階として「現状把握」はどんな場合でも重要です。



労働時間に関して 労働時間の基本

労働時間についてこれまでいろいろ書いてきましたが、そもそも「労働時間」とは何ぞやといった基本的なことを後回しにしてました。
では、そもそも「労働時間」とはどんな時間をさすのでしょうか?
ここでいう「労働時間」とは労基法32条のいう労働時間を指します。
当然労働すべきと定められた時間は労働時間ですが、問題はそれ以外の労働時間かどうか判断が付きづらい時間ですが、それらは以下の2つが代表的なものとしてあげられます。

(1)本来の業務の準備作業や後かたづけは、事業所内で行うことが使用者によって義務付けられている場合や現実に不可欠である場合には、原則として使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労基法上の労働時間に当たります。就業規則や労働協約、労働契約等で、特定の行為(実作業のための準備行為など)を労働時間に含めないと定めても、これらの規定には左右されません。

(2)労働者が具体的な作業に従事していなくても、業務が発生した場合に備えて待機している時間は、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労基法上の労働時間に当たります。

(1)はいわゆる作業服への着替え等の時間が「労働時間」となると判断した 「三菱重工長崎造船所事件」(最高裁平成12.3.9判決)による判断です。
ただし、 この判決では、
  a.会社所定の入退場門から更衣所等までの移動時間
b.休憩時間中に作業服等を着脱した時間
  c.作業終了後に洗面・入浴した時間
等は労働時間と認められていません。ただ、私は職種(炭鉱など)によってはcは労働時間と判断すべきものも多いのではないかと思います。

(2)は労働基準法41条3号において、長時間の手待・待機時間は実際には働いていなくても監督者の指揮命令下にあるものとして労働時間として扱うことを規定しています。
また、行政解釈も、
「休憩時間とは単に作業に従事しない手待時間を含まず労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間の意であつて、その他の拘束時間は労働時間として取扱うこと。」(昭和22年9月13日基発17号)
とし、また、
「出勤を命じられ一定の場所に拘束されている以上いわゆる手待ち時間も労働時間である」(昭和33年10月11日基収6286号)
と、しており,手待時間は労働時間に当たるものと解釈しています。
あと、タクシー運転手が客待ちをしている手待時間も労働時間であるとした、大分地判平成23年11月30日の中央タクシー割増賃金請求事件判決も有名な判決です。

これらのことを考えると、法律で明記されていなくても、実態を見る限り、その時間を本人が完全に自由に使うことができず、何らかの形で管理監督者の影響下にある場合は労働時間とみなす、といった規則にしておく方が間違いがないと言えます。

追記です
労働時間でよくある誤解を追記しておきます。

1.作業終了後の日報作成、引継ぎ作業などは労働時間
2.トイレなどの生理的現象による業務中断は労働時間ただし、喫煙は原則として労働時間外
3.社内研修、勉強会などは原則労働時間外であるが、任意参加であっても、
  A.上長などから参加を指示された
  B.明確な指示がなくとも参加することに暗黙の了解がある
  C.参加しないことで業務に支障が出ることが明確
といった場合は労働時間となります。
3はよく問題になりますね。私が若いころTQC活動というのが盛んでした。
TQC(Total Quality Control)とういのはもともと製造部門の品質管理から始まったもので全社品質管理活動と言って、自分たちの仕事を見なおし、アウトプットの品質を上げようというものでしたが、これがすごくブームになってました。
まぁ、趣旨は賛同できるのですが、この活動の基盤は「ボランティア」ということが問題でした。
要するにボランティアだから会合などの主活動は時間外にしないといけないし、時間外にやっても自主的にやってるから残業手当も支払われない、ということです。
そりゃ。経営者の間でこれが流行るのはわかりますね。余計なコストをかけずに業務改善できるわけですから。
今、こんなことやってると問題です。TQCは明らかに業務の一環です。仮に自主的といっても、その恩恵を受けるのは企業だからです。
それに「ボランティア」と言っても、実態は会社の意向に沿って行われていましたし、参加不参加の自由はありませんでした。
最近はこのTQCはあまり聞きませんが、同様のもので「ISO」があります。
「ISO活動」そのものは業務であっても、なぜかその勉強会などは時間外に無報酬で行われていることが多いです。
これもおかしいですね。
私は「ISO勉強会」は業務として行うべきものだと考えます。

追記が長くなりました。
ここに書いたことはよく誤解されている事例ですが、本来ならばこういったことは規定などで明文化しておくべきだと思います。
「誤解」ではなく、「曲解」なのかもしれませんが・・・



先の労働基準監督官による逮捕の記事の一部修正

知り合いと昨日アップした労働基準監督官による逮捕の記事について話していて。ふっと気が付きました。
一部間違いがあります。
何故今回逮捕まで踏み切ったか、ということに対する私の推測のところですが、

「嘘の賃金台帳を出すなどの公務執行妨害」

と書きました。
しかし、考えたら、「嘘の賃金台帳を出す」ということは「虚偽の申告」であって、「公務の妨害」ではありません。
また、「公務執行妨害罪」が成り立つためには「公務員に向けられて有形力が行使」が必要で、単に「虚偽報告」するだけでは「公務執行妨害」にはなりません。
よって、私の記述は「嘘の賃金台帳を出すなどの虚偽申告または報告」であるべきでした。
失礼しました。
<(_ _)>

ちなみに労働基準監督官に虚偽の報告をすると、悪質と判断されると送検される可能性があります。
「虚偽報告」は非常にハイリスクです。

なお、「公務執行妨害罪」は公務を実行する、または執行しようとする公務員に対しての有形力の行使があれば「公務執行妨害罪」は成立し、実際に「妨害された」事実は必要ありません。だから「妨害してやろう」という意志の有無も関係ないことになります。
このあたりが警察官の「公務執行妨害で逮捕する(正確には緊急逮捕するですが)」という決まり文句(?)になるのでしょう。

ああ、法律ホントややこしいです。

労基署が異例の逮捕=賃金未払いの社長ら―岐阜

Yahooニュースに出てました。

労基署が異例の逮捕=賃金未払いの社長ら―岐阜

昔「ダンダリン」という労働基準監督官を扱ったドラマの中で監督官が悪質な事業者を逮捕する、というエピソードがありました。
これで、「えっ!警察官じゃないのに逮捕できるの?」と驚かれた方も多いと思います。
実は労働基準監督官は労働基準法第102条で「労働基準監督官は、この法律違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う。」と定められていて、一般の警察官「司法警察官」と同様に逮捕権を付与されています。
実は労働基準法だけではなく、

1.最低賃金法
2.家内労働法
3.労働安全衛生法
4.作業環境測定法
5.じん肺法
6.賃金の支払の確保等に関する法律

といった法律でも司法警察職員としての権限を認められています。
労働環境というのはどちらかというと私法、いわゆる民事的な内容なのですが、それが刑事訴訟法にも似た制度を持っているということはなかなかすごいことです。
なにしろ「逮捕」というのは憲法で定められた基本的人権を制限することなのですからけっこう大事です。
労働基準監督官はけっこう強い権限を与えられていることが分かります。
しかし、一般的には労働基準監督官が悪質な事業者の逮捕まで踏み込むというのはよほどのことだと思います。
これはあくまでも想像ですが、
・外国人労働者への不当な扱い
・賃金の未払い
・嘘の賃金台帳を出すなどの公務執行妨害
といった点が特に悪質ととらえられたのではないかと思います。

それにしても、この監督署の署長がよく決断したな、と思います。

ところで、逮捕された事業者はどこに連れていかれたのでしょうか。
これも想像ですが、監督署には留置施設も取り調べ施設もありませんので、ちかくの所轄の警察署の施設を借りて、そこに連行したのではないでしょうか。

そのうち全国の監督署に留置施設ができたりして・・・

労働時間に関して 管理監督者の問題

労働時間の問題を語るうえで外すことのできない問題として「管理監督者」の問題があります。
この「管理監督者」に該当する労働者は労働基準法の労働時間の規制対象外となります。
つまり、この「管理監督者」にしてしまえばただで残業させ放題、って事になります。
雇う方からしたらこんないい制度はありません。
「お前課長だから残業代なし」
とか
「お前店長だから残業代なし」
って言えるわけです。
いわゆる「みなし管理職」というものです。
もちろんこんな勝手がまかり通るわけがありません。
「管理監督者」であるためにはそれ相応の条件が必要になります。
行政の解釈では以下のようになっています(原文のまま載せます)。

「一般に、企業においては、職務の内容と権限等に応じた地位(以下「職位」という)と、経験、能力等に基づく格付け(以下「資格」という)によって人事管理が行なわれている場合があるが、管理監督者の範囲を決めるに当たっては、こうした職位や資格の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要がある」(昭和63・3・14基発150号)

要するに「店長」とか「課長」とか呼ばれていてもただそれだけで判断するのではなく、実態で判断しますよってことですね。

その後、この「管理監督者」の問題は「日本マクドナルド事件(東京地裁平20.1.28)」で一躍有名になりました。
これはマクドナルドの店長が会社に対して時間外・休日出勤手当の支払いを求めた訴訟です。
この裁判での一番の争点はマクドナルドの「店長」が労働基準法41条2号の「管理監督者」に該当するかどうかでした。
この判決では初めて明確な判断基準を示し、それによって、このマクドナルドの「店長」は「管理監督者」ではない、と判断されました。
「店長」と名前がついていて、アルバイト店員の採用権限は持っていたとしても、「賃金の待遇」とか「労働の実態」からみてとても「管理監督者」として認められないと判断されました。
それに何よりも、仮に「管理監督者」であっても、あまりに異常な就労状況が許されるわけではないことは明白です。
その判断条件を他の判例も含めてあげてみると以下のようになるかと思います。

1.経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮命令権が認められているか(決裁権があるか)。
2.自己の労働時間について裁量権を有しているか。
3.その地位と権限に賃金上の処遇が与えられているか。
4.組織図上、その部門のトップであることが明確になっているか(これは全社員の割合に対して管理職の数が不自然に多くないか、ということでもあります。)。


実際にはこれだけですべて判断するのではなく、その場その場に応じて基準を明確にして判断していくべきではあります。

ただ、こういう基準があったとしても、実際には「似非管理職」がいっぱいいます。
このマクドナルドの件も裁判にまで訴えたから最終判断が出たわけですが、それまでは「会社が決めた規則」で運用されていたわけです。
ここが日本の労働法の弱いところです。というか、労働者自身の立場の弱さでもあるわけですが・・・。
他の不法労働行為にも言えることですが、「おかしいな」と思っていても、それだけでは何も起こりません。
「おかしいな」と思って、それを「おかしくないですか?」という何らかの行動に起こさない限り「おかしい」ままで進んでいってしまいます、

不当=即是正。ではないという事には注意すべきです。
仮に違法状態であっても、実際にそれを是正するにはかなり時間がかかるということが問題なのだと思います。
その是正までの無法状態が悲劇的な状況を生み出す元凶です。

厚生労働省ではこの「みなし管理職」に関して以下の文書を公開していますので是非一度目を通してください。
かなり詳しく突っ込んで書かれています。
これがきちんと運用されれば「みなし管理職」なんてありえないのではないかと思います。
「労働基準法における 管理監督者の範囲の適正化 のために」

多店舗展開のお店に関しては以下のようなQ&Aも公開していますので参考にしてください。
「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について(平成20年9月9日付け基発第0909001号)」に関するQ&A

それと、日本労働組合総連合会も下記の文書を公開しています。
これもなかなかの内容です。
「Q&A 労働基準法の『管理監督者』とは」

奨学金の話 追記

ここのところYahooニュースによく上がってきているニュース、というかお金関係の取材記事なのですが、ちょっと気になる記事だったので紹介します。

それは、
「600万円の奨学金返済」抱える妻が「専業主婦」希望、夫の稼ぎで返さないとダメ?」
という記事で、弁護士ドットコム 3月14日(月)11時5分配信 になっています。
要するに、奨学金600万円を借りている女性が結婚して専業主婦になるわけで、その返済は夫の給料から支払う、ということになるのですが、それって○なの?×なの?という記事です。
もちろんこの話は架空の話ではあるのですが、似たような話はいくつもありそうです。
この記事では、男性は、妻から「専業主婦の奨学金を夫が返済するのは当然」と言われて疑問に感じる、という設定です。

結論から言うと、夫は払う義務はない、が答えです。

まぁ、当たり前かと思いますが、妻が結婚前に借りていた奨学金を、夫の稼ぎで返済しなければならないという理屈はどこから出てくるのか不思議です。
まぁ妻からすれば、「あんたみたいなのと結婚してあげたのだから私の奨学金を返してもいいでしょ?」という理屈なのかもしれませんが・・・
例えそうであっても(?)、やはり結婚前の自分の借金を夫に払わせる、というのは無理があるでしょう。
もっとも、それが結婚の条件であれば別ですが・・

それでは妻が夫に奨学金の話を黙っていて、結婚後に夫の給料から黙って返済していたらどうでしょう。
この場合は重大な背信行為であり、横領罪に該当するかと思われます。ただし夫婦間での横領は刑事罰として訴追されませんので不当利得の返還請求という民事上の責任が生じます。
もっとも、背信行為は婚姻の継続を危うくするものですので立派な離婚原因にもなりますので、その点も注意です。
(^^ゞ

とにかく、今回のこの記事はおそらく最近の奨学金の返済が問題になっていることに合わせての記事かと思います。
ただ、私も前のブログ記事で述べましたが、奨学金というのは「借金」なのです。
「借金」である以上返さないといけないのです。
それが回りの人の話を聴いていると・・・
なーーんとなく、
「奨学金は返さなくてもいい」
とか、
「将来ある若者を育てるための投資ではないのか」
とか、
「若者から鬼のように取り立てるのはけしからん」
とか言った声が聞こえてきます。
しかし、何度も言いますが、奨学金は借金なのです。
そのことだけはしっかり認識しておかなければいけません。
確かに経済的事情で大学進学をあきらめるといったような悲劇が起こらないようにすることは大事です。
奨学金制度が日本の学術レベルを上げることに大きく貢献してきたということは事実です。

でも、それとこれとは話が別です。

借金である以上、将来必ずやってくる「返済」に備えて、借りる時から返済計画を作っておかないといけません。
実際の返済がかなり先であること、実際に奨学金を借りる時は本人は未成年であることが多く、親が手続きをしたり、保証人になったりして「自分の借金」であるという認識が薄いということなどが問題をややこしくしているのだろうと思います。

私は奨学金を借りることは決して悪いこととは思いません。
しかし、社会人になったら自分が何百万円も返さないといけないということをしっかりと認識させておくことは重要です。
そして、自分の借金なのですから、自分で責任をとらなければいけない、とちゃんと伝えておくことです。

それにしても、このYahooニュースの記事は多少極端かな、と思っていましたが、娘によるとこんなのはよくある話、ときかされてちょっとばかしびっくりです。
子供達には結婚前に相手の奨学金がどうなってるかを確認しないといけないんだろうなぁ、と感じるこの頃です。
ちょっと寂しいです。

人事制度の難しさ

昨夜西宮支部の西宮支部会員研究発表会に参加しました。
お題は「人事制度への取り組みについて」でした。
講師2名の方が実際に人事制度構築にかかわられたことを研究発表の形でその実体験を発表されたものです。
時間の関係もありましたので、詳細までは踏み込めませんでしたが、お二人とも、大変ご苦労されているなぁということが伝わってきて非常に面白かったです。
私も前職で人事制度構築、そして運用には本当に苦労させられました。
そのころのことがたいへん懐かしく思い出されました。
特に苦労させられたのは評価制度ですが、特に目標設定には苦労させられました。
個人目標がしっかり定まっていないと納得性のある評価など到底できません。
評価に対する信頼がなくなれば人事制度は一気に崩壊します。
「人」の制度なのですから、人の「心」というものをしっかり認識して制度設計、運用を行わなければいけません。
このあたりは本当にしんどいです。

人事制度と一口で言っても、組織、育成、評価、目標管理、異動、賃金、福利厚生等々かなり広い範囲に及びます。
しかも、「人」の「制度」である以上、そこにその人個人の「人生」もかかわってきます。
会社の都合だけ考えて造るというわけにはいきません。
「人」が幸せにならない制度は決してうまく機能しません。
人事制度は経営、組織、人を有機的に結び付け連動しながら経営目標を達成していくための重要な要です。
またこのブログでも単元を絞って書いていきたいな、と思います。

労働時間に関して みなし残業について

前回「みなし労働時間制」について書きました。
今回はそれと併せてよく使われる「みなし残業」について書きます。
ただ、「みなし労働時間制」にかかわる「みなし残業」ではなく「定額残業制に基づくみなし残業」に関してです。
「定額残業代制度(固定残業代制度)」とは、
「金額または時間数によって、基本給に含まれている残業代の範囲を特定し、基本給に含まれる金額または時間数に達するまでは、残業代を支払ったものとみなす」
という制度です。
一般的には、「基本給25万円。うち5万円はみなし残業代とする」とか「基本給25万円には20時間分の残業代を含む」といった表現でなされているようです。
この「定額残業代制度(固定残業代制度)」は特に法律に規定されているわけではありません。
民法の契約の自由の原則から契約の一形態である雇用契約も当事者間の取り決めが有効とされるところから導かれています。
しかし、とは言っても特別法である労働基準法や労働契約法の方が民法より優先しますので、そこから以下のような条件が必要であるとされています。

1.定額残業代部分が、それ以外の賃金と、明確に区分されていること
2.定額残業代部分には、何時間分の残業代が含まれているのかが、明確に定められていること
3.時間外労働(残業)時間が、上記2.で定めた時間を超えた場合は、別途割増賃金の支払うこと
4.上記の点が就業規則等で明確に定められていること

です。
これらの条件をクリアすることで定額残業代制度が導入できます。
しかし、たまーに(?)勘違いしている経営者の方がおられます。

「固定残業代を払ってるんだから、いくら残業させても残業代払わなくていいんだ!」

超勘違いですね。
固定残業代払ってるからと言っていくら残業させてもかまわない、という身勝手な論理は通じません。
しかし、私の知っているある社長さんは本気でそう思っていたようで、だから「固定」なんだ、と思い込んでいました。
どうやらどこかのコンサルに聞いた話を自分の都合のいいように勝手に解釈して思い込んだようです。
しかし、実際にはそんなことありえません。固定残業代に充当される時間以上の超過労働をさせた場合はそれに応じた残業手当を支払わなければなりません。
一方、その想定時間以下の残業しかなかった場合でも、もしくは全く残業を行わなかった場合でも、その定額分を減額したりすることはできません。
つまり、この定額残業代制度というのはあまり会社にとっておいしい話ではありません。

しかし、先もいいましたように、ここですごい勘違いが多いのです。

「残業代を毎月定額で払うことで、どんなに残業してもそれ以上は払わなくていいんだ。」

何度も書きますが、これは超勘違いです。

もちろん多くの企業ではこの定額の意味をしっかり認識した上でこの定額制を導入している、もしくはしようとしています。
では、会社にとって決して有利な制度ではないこの制度を何故あえて導入するのでしょうか?
理由はいくつかあると思いますが、以下の2つが主ではないでしょうか。

1.現在支給している給与の一部を残業手当にすることで従業員の基準内賃金を実質引き下げる。
2.固定残業手当を加算することで見せかけの月例給与の総支給額を多く見せる。

1はかなりやばいです。基準内賃金を変えずに固定残業代を加算して支払う、というのであれば問題はないのですが、そうでない場合は固定残業代の分だけ給料を下げることになります。
どう考えても実質減給になるのですが、サービス残業が横行しているような事業所では受け取る給料の額が変わらないことから特に問題にならなかったりします。
しかし、基準内賃金が減額されるということはそれを基準に計算される残業手当も減額されることになります(まぁ、サービス残業ばかりだったらこれも変わりませんが)。
また、規則によっては賞与や退職金の額も影響を受ける可能性もあります。
とにかくこのやり方を押し通すということは実質給与の減額がその主たる目的であることは間違いありません。

2は1に比べてまだ罪がないように思えます。しかし、実際には募集要項などで「見た目」の給与額を多く見せることで募集がしやすくなるという効果を狙っていることが見え見えです。
ある意味姑息な手段かと思います。

実際の導入の動機がいかなるものであっても、最近ではこういった「固定残業代」を導入することはブラック企業ではないか、という疑いの目を向けられる原因の一つになってきているようです。
私自身としては、いくら高宗な目的があるにしても、こういった「みなし残業制」のような不自然で複雑な制度を導入することは避けるべきだと考えています。
業態によって理想の給与体系があるとは思います、また、社長や創業者の理念を給与に反映すべきという考えもあるかもしれません。
しかし、それによって従業員が不利益を被るのであれば、それは会社の身勝手だと私は考えます。
本当に有能な人材を育成したい、得たいと思うのであれば、シンプルでわかりやすく、誠実な賃金制度であるべきではないでしょうか。

労働時間に関して みなし労働時間制について

2016.3.18 すみません文章が一部おかしかったので修正しました

サンクスの件もあったので、ちょっと改めて労働時間というものに関して考えてみようかなと思います。
今回は「みなし労働時間制」に関して書いてみます。
ただ、これによく似たものに「みなし残業時間制」というものがありますが、これは「固定残業制度」といわれるもので、法律的になんら定められたものではありません。
最近これも問題になっていますので、これはまた別の機会に説明します。

「みなし労働時間制」というのは、ざっくり言うと、
1.社外などでの労働で、管理監督者の目が届かず、正確な実労働時間が把握しずらい業務
2.求められる成果に対して必要な時間がわかりづらく、労働者自身に時間管理を任せた方が進めやすい業務
の2種類に大別されます。
きちんと労働基準法で定義されている、「公認」の制度です。
1のパターンが事業場外労働といい、主に社外で仕事をする営業職などが該当します(労働基準法第38条の2)。
この場合、事業場の外で上司が部下の労働状況を把握しづらい場合であるときに該当します。

なお、この事業場外での労働時間を「所定労働時間」とみなす場合(労基法38条の2第1項)は労働協約などは不要で、内勤の時間も外勤の時間も合算して取扱います。
しかし、所定の時間内に労働がおさまらなかったりする場合(労基法38条の2第2項)などは、労使協定にて「通常必要な時間」を決めることもできますが、この場合は外勤の部分だけが「みなし」の対象で、協約の届け出が必要です。例えば事業場内で働いている時間(内勤ですね)はこれに該当しません。また、事業場外であっても課長とかが同行している場合や課長からずっと携帯電話などで細かい指示を受けている場合などは該当しませんので注意が必要です。
今の時代、ほとんどの人が携帯やスマホを持っていて、常に上司と連絡が取れる状況にあることを考えたら、厳密には今の外勤の人の多くがこの「事業場外みなし時間制」に該当しない、ということになりそうですね(あくまでも「厳密」に言うと、ですので)。
外勤社員にはこの「事業場外労働協定書」を作成するのが一般的かと思いますし、その方が無難です。

一方、2のパターンを裁量労働といい、研究職やソフト開発とかデザインなどの芸術系の業務が該当します(労基法38条の3第1項、労基法38条の3第1項)。
さらにこの2のパターンは専門業務型裁量労働制(デザイナー、研究開発職、ソフト開発職等々)と企画業務型裁量労働制(企画立案職等)に分かれます。
このあたりがちょっとややこしいです。
さらに、専門業務型では、対象業務を特定して「通常必要な」時間を定めた労使協定を結ぶことで導入できますが、2の企画業務型ではさらに、労使委員会の5分の4以上の多数決による決議を行ったうえで、使用者がその決議を行政に届け出ることによってはじめて導入が可能になります(乱用を防ぐためにより厳格になってるんですね)。
裁量労働時間制はかなりうっとうしいので、これも後日改めてどこかで記したいと思います。

まぁ、こんな風に「みなし労働時間制」というのはけっこう面倒なもんなんですね。
そして、「通常必要な時間」がいったいどのように決められているのか、そして、それの見直しのプロセスが用意されていて機能している、といったところが非常に大きな問題になります。
なにしろ「みなし」というのは法律的にもすごく強力で「=(イコール)」と同じ意味を持っています。
もしかしたら、「8時間」=「16時間」になっているかもしれないのです。
確かに法定労働時間をどれだけ超えるかを想定してあらかじめその分を給与に上乗せしている場合がほとんどかと思いますますが(名目は外勤手当とか営業手当とか)、それが適切であるかどうかが問題です。ここに「違法性」がまかりとおる温床があります。
このように「みなし」を乱用することがいかに危険なことかがわかるかと思います。
実際には労基の臨検でもはいれば無茶な「みなし」は是正の対象になるのでしょうが、法律的には直ちに「違法」というわけではない、というところが問題なのです。
本来「通常必要な時間」は労使の話し合いで決めるべきものなのです。
しかし、それが経営者の都合で一方的に決められている場合が非常に多いのです。
つまり、大きな問題をはらんでいる「みなし」が、実はすごくいい加減な運用をされていることが多い、というのが今の労働環境の問題の一つでもあります。

次回は「みなし残業」に触れたいと思います。

うまくいないというか・・・

今回はグチです。

どうもここ最近
めぐりあわせが悪いというか、
ボタンを掛け違えているというか、
何をやってもうまくいかないというか、
やることなすこと空回りというか、
エネルギーばっかり使って、悪い結果ばかり、
・・・・
どうも、気分も悪いし、イライラばかり
どうでもいいことで腹が立ったりむしゃくしゃするし・・・
うーん、ここんとこホントなんか変なんですね

で、
眠れないのかというと、ぜんぜんそんなことなくて・・
食欲がないのかというと、これもぜんぜんそんなことなくて・・
体調が悪いわけでもありません。

やはりこれは精神的なものだとは思いますが、本当にたまーに何年かに一度、こんなことあるんですね。
こんな時はじっと息をひそめておく事が一番なのですが、なかなかそうはいきません
私の好きな音楽もこんな時は効果が薄いです。
早く気分を完全に切り替えないといけません。

いやぁ本当に参りました
(ーー゛)

サンクスバイトの高校生、ブラック職場に対抗し労働協約

ニュースに出ていました。
コンビニエンスストア「サンクス」でアルバイトとして働く埼玉県の高校3年生が自分の労働環境に疑問を感じ、「ブラックバイトユニオン」という労働組合を通じて労働環境の改善を申し入れたことから店側と協約を結んだというものです。
高校生としては15分未満の時間が切り捨てられて「ただ働き」させられているということにどうしても釈然としなかったために行動を起こしたものと言えます。
しかも、過去の未払い賃金の支払いも約束させています。
他の従業員の分も含めて過去2年分総額500万円にもなるそうです。
なかなかすごい行動力だな、と思います。
この高校生の成し遂げたことは他の15分制を引いている事業所にとってはとんでもなく脅威になると思います。
どんどんあとの続くのでしょうか?

一般的に就業規則や雇用契約において超過労働は15分単位で計算するというケースが多いかと思います(一昔前はこれは30分単位が一般的でした)。
しかし労基法的にはこれはアウトです。
実際労基の「臨検を受けた事業所では1分単位にするように是正勧告されますし、未払い賃金の支払いも指示されます。
特にこの数年未払い賃金問題には労基は相当力を入れて取り組んでいて、人事労務担当者の中では15分設定はヤバイ、という認識はかなり強まっているはずです。
では、それなのになぜこういったことが是正が進まないのでしょうか?
理由はいくつかあります。

1.勤怠管理システムの改修が必要になるし、それにはコストがかかる。
2.就業規則の改定が必要になるため、手続きが煩雑
3.直接的な人件費増加につながる(担当者は経営者に上申しづらい)
4.厳密な労働時間の認定が難しい

とくに4が問題になると思います。
日本ではかつてはまさに「社畜」となり「滅私奉公」することが美徳であるとする意識がけっこう根強くありました。
最近はさすがにそういった意識は薄れてきてはいますが、それでもどこかしつこく残っています。
だからいまだに「365日死ぬまで働け」とか「休みたかったら辞めろ」なんて暴言が出てくるのでしょう。
まぁここまで行かなくても経営層にはいまだに「そんな時間きっかりで仕事が終えられるか」なんて考えは「普通」だと思います。
こういった過去からの慣習のようなものがいまだに生き残っているのも労働時間に対する認識の原因の一つであることは間違いありません。

あと、もう一つ大きな要因は「成果へのこだわり」でしょう。労働時間にかかわりなく「成果」こそすべて、という考え方です。
しかも規定の労働時間では到底達成できないような「成果」が求められているということも少なくありません。もともと時間内でできっこないタスク量が求められているということです。
これは企業の生き残りの闘いの中でかならず出てくる課題です。
「会社がつぶれたらお前達(労働者)も困るだろう」という主張です。
なんで、こう考える前に「労働者がつぶれたら会社もつぶれる」という考え方にならないかです。

1と2に関してはあくまでも手続きの問題なので、1分単位導入阻害の理由にはなりません。
3に関しては労働訴訟や今回のような未払い賃金問題などへのリスク管理の問題としてとらえれば、経営者としては積極的に考えないといけない問題であるということを認識すべきです。今回の事例を見ればわかるように目先のお金を惜しんだ結果、逆に大きな損失を招く事になりました(今回はさらに企業名まで公開されてしまい、大きなレピュテーションロスを被ってしまいました)。

「労働時間管理」の問題は非常に大きな問題です。
「労働時間」をどうとらえるかは経営者も労働者もしっかり認識しておかないといけません。
ちなみに私は「労働時間」とは何か?という質問に関しては、いつも以下のように説明しています。


(1)労基法32条のいう労働時間(「労基法上の労働時間」)は、客観的にみて、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより決まります。就業規則や労働協約、労働契約等で、特定の行為(実作業のための準備行為など)を労働時間に含めないと定めたとしても、これらの規定に左右されるものではありません。
(2)本来の業務の準備作業や後かたづけは、事業所内で行うことが使用者によって義務付けられている場合や現実に不可欠である場合には、原則として使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労基法上の労働時間に当たります。
(3)労働者が具体的な作業に従事していなくても、業務が発生した場合に備えて待機している時間は、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労基法上の労働時間に当たります。

なお、よくある話として、

(1)制服の着用が義務付けられている場合は着替えの時間は労働時間 三菱重工業長崎造船所事件(最高裁一小・平成12年3月9日判決)
(2)作業終了後の日報作成、引継ぎ作業などは労働時間
(3)トイレなどの生理的現象による業務中断は労働時間ただし、喫煙は原則として労働時間外
(4)社内研修、勉強会などは原則労働時間外でありますが、任意参加であっても、
  1.上長などから参加を指示された
  2.明確な指示がなくとも参加することに暗黙の了解がある
  3.参加しないことで業務に支障が出ることが明確
   といった場合は労働時間となります。

と、説明するようにしています。

まぁ今回の話がこれで終わることなく、日本全体の労働環境の改善につながればいいな、と考えます。
それと、この話は経営者の方々もしっかりと意識して、労働リスクを最小限にする努力が必要です。

日本では世界に類のないほどの強い労働者保護が法律で謳われています。
しかし、それにも関わらず労働問題は常に日本の大きな社会問題になっています。
以下の本はそれがまかり通っている日本の実情とその原因を考察した本です。
労務に関わるひと、労働問題に関わる人にはぜひ読んでいただきたい本です。

「日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?」 星海社新書 今野 晴貴著

今回はかなり長文になりました。
失礼しました。




ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番

私は音楽が大好きです。
自分で作詞・作曲したり、演奏したり、歌ったりするなんてこと全然できませんし、楽譜も読めませんし、詳しい知識もありません。
ただ、聴くのは大好きです。
音楽というのはその時の気持ちや感情にとても影響を与えますし、音楽に癒されたり、励まされたりすることも多いかと思います。
私の場合、「いいものはいい」というのが信条ですのでジャンルなんて全く無視してなんでも聞いていますが、落ち込んだり、不安なときに気持ちを奮い立たせるためによく聴くのが、
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番です。
ラフマニノフ(セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ)はロシアの作曲家であり世界有数のピアノ演奏家です。
幼いころからその才能を認められ回りの期待を一身に背負っていました。
そんな彼が満を持して作ったのが交響曲第1番でしたが、それが興業的に大失敗してしまい酷評されてしまいます。
(現代では作品そのものが駄作というのではなく、初演時の環境や指揮者グラズノフの指揮がいい加減だった、とか言われていて作品としては再評価されています)
この大失敗でラフマニノフは一気に落ち込んでしまいます。
完全なウツ状態になってしまい、精神科の治療も受けるようになりました。
そんな彼が回りの人達に支えられ、必死になって立ち直り作ったのがピアノ協奏曲第2番です。
聴いていただければわかりますが、暗く陰鬱なイントロです。自分が落ち込んだ暗い感情をそのまま表しているかのようです。
ただ、それなのに、その旋律には力強さが感じられます。暗く陰鬱な、というのではなく重厚で荘厳と感じることもできます。
導入部分は力強く情緒あふれるピアノの演奏に入ります。
底辺まで落ちてしまったラフマニノフが力強く復活していく、その復活宣言としての第一楽章なのかもしれません。
聴く人に復活のエネルギーを与えてくれる曲です。
落ち込み切ってしまった時に聴くと、少ししんどいかなぁ、とは思いますが、すこーし元気が出たころや、何とかしないと!と思ってるときに聴くのは最適かもしれません。
私は少ししんどいけどやらんとあかん、という時に気持ちを奮い立てるために聴いたりしています。
なんか励まされているような感じです。
まぁ、やるぞっ!と力あふれるようになるわけではないですが、腹の底に力を与えてくれます。
まぁ元気を出すだけならロッキーのテーマの方がいいかもしれません
(^_^.)

私はこれまでいろいろなひとの演奏によるラフマニノフを聴いてきましたが、ダントツでおすすめなのが辻井伸行氏の演奏によるものです。
これは本当に素晴らしいです。
ラフマニノフの曲だけでも素晴らしのですが辻井氏の演奏がまた最高です。
音の一つひとつが心にしみこんでいく感じがします。
他の人ではちょっとこの音は出せない気がします。
気持がしんどいなぁなんて感じたとき、明日も仕事かぁと気が重いとき、ぜひ一度聴いてみてください。

あともう1曲、お勧めの曲があるのですが、それはまた別の機会に。




奨学金の話

これも今日の集まりで出た話。
ある方のブログで奨学金の話が書かれていました。
けっこう今奨学金の返済が問題になってきていることもあり、それを話題として振ってみました。
すると、私の思惑とはちょっと違った方向へ。
奨学金の返済が社会人になってからかなり重くのしかかる・・という話は一緒なのですが、メンバーの年齢もあるとは思いますが・・・
もし、自分の子供の結婚相手が奨学金の返済を終わらせていなかったらどうする?
という話になりました。
というのも、結婚後もその相手は奨学金を返していくわけです。
それが1万円や2万円であってもそれは若い二人にとっては意外と負担になります。
特に子供でもできたら、この出費は非常に重くなります。
しかもそれは夫婦ではなく、相手の個人的な「借金返済」なのです。
これは家庭争議の元です。

名前は「奨学金」であっても実態は「借金」です。
借金は必ず返済しないといけません。
通常は結婚するときは相手が借金があるかを気にしますよね。
ところがそれが「奨学金」だとあまり訊かないというのです。特に本人同士は。
それは変ですね。
何度も書きますが「奨学金返済」=「借金返済」なのです。

結婚したら双方の収入は世帯の収入です。そこから個人の借金、それも結婚前の借金の返済をするわけです。
本人同士がいいというのであればそれでいいんじゃない?という考え方もあるかと思いますが、親としては結婚前の借金を結婚後に持ち込まれるのは釈然としないのではないでしょうか。

ただ、ある人からは、
「その人が奨学金をもらったからこそ大学にも行けて、それで会社にも就職できて、家族も養えるわけだから、家族でその奨学金を返すっていうのも別に問題はないんじゃないの?」
という意見も出ました。
また、他にも、
「どちらも同じ額を返済していたらお互いさまっていうことでええんちゃうの?」
という話もでました。
これは返済が倍になってるわけで、余計に家計を圧迫するので、さtらにまずいですけどね。

いろんな考え方があるとは思いますが、私は娘や息子が結婚するときは、その相手が奨学金を返済しているというのであれば、結婚までに完済するように要求すると思います。
やはり、結婚は新しい生活のスタートなのですから、スタートからマイナスを持つのはよくないと思いますし、結婚当初はよくても、実際にお金の問題が生じてきたりすると、その奨学金の返済は必ず騒動の元になります。
そういったリスクは親としてできるだけ避けるようにしたいと思います。

ホワイトデー

とにかく気まぐれな投稿ばかりでなんとなく節操がないなぁ、とは思っていますが、まぁそこは「気まぐれ」ということでご勘弁を。

実は今日ある集まりに出ていまして、私より少し年上の女性の方の何気ない発言が妙に気になってしかたありません。
雑談をしているとき、メンバーの一人が何気に「今日はホワイトデーですね」という発言があり、これをきっかけにいろいろな話がでたのですが、ある人(女性)が、
「息子のホワイトデーのお返しのクッキーを昨日買いに行った」
という話が出ました。
その人は娘さんもおられるようで、3月には娘さんのバレンタインデーのチョコレートも買いにいったそうです。
当然、そうなると、
「なんで、親が子供のバレンタインデーやホワイトデーの品物買いにいくねん?」
という声がでます。すると、
「いや、最近はそういうことって結構あるみたいですよ、子供に選ばせて変なもの買ってきたら困るとか」
「それって、親の見栄?」
「というか、なんでもかんでも手をかけすぎなんでしょうね。なんでも親がやってやるんですよね」
「そういう時代なんですかねぇ・・」
って感じで会話は続いていきました。
まぁ、みなさんがこの話をどう感じるかは人それぞれかとは思いますし、家庭内の状況によってもいろいろかと思います。
でも、私としては、先ほどの方の場合、
娘さんのバレンタインデーチョコレートや息子さんのホワイトデーのお返しを親が買いに行っているわけですけども(当然お金は親が出しているわけです)、
その娘さんも息子さんも40歳近くで独身、というのを聞くと・・・・
ちょっとなぁ・・・
と感じます。

助成金ビジネス

今日はとある助成金ビジネスの講習会に行ってきました。
まぁ色々話があって最終的にはそこの助成金セミナーへの参加を促す、というものだったのですが、けっこういい勉強になりました。
助成金ビジネスというとなんか胡散臭いイメージもありますし、最近問題になった、労働移動支援助成金がリストラ推進の材料に使われていたという問題なんぞもあります。
それにやはり社労士の仕事としては王道から外れている、という認識も強いようで、助成金をメインにやっている社労士はそれほど多くありません。
それに、助成金というのは毎年変更されたりしますし、手続きが結構うっとうしいものが多いです。そのため労多い割には益少なし、と考えている先生たちも多いかと思います。
実は私も、ぼんやりとではありますが、そんな風に思っていました。
しかし、助成金をもらうということは何も悪いことではありませんし、もらうことで経営が助かるのであればそれを活用しない手はありません。
社労士というのは委任状なしで助成金申請の代行業務ができます。これを活用しない手はありませんし、助成金を活用することを事業主に提案するということは、逆に言うと、顧客の事を考えた社労士の義務であるとも言えます。
よく事業主さんから、顧問の先生は何も提案してこない、という話をよくききます。
確かに社労士が「提案」するって、あんまりネタがありません。だからこそこの助成金に関する「提案」が活かせるのではないかと考えます。
今年も4月に助成金制度が一部変更されます。
私もちょっと本腰入れて助成金に関して勉強したいと思います。

両親の入院 その2

両親が入院しているのですが、やはり一日何もせずの寝ているとろくなことを考えないようです。
しきりと葬式とか、死んだ後のことばかり口にするようになります。
これまでずっと元気だったのが圧迫骨折でまったく身動きできなくなったことから急に気弱になったのかもしrません。
しかし、そんな話ばかりする親を見ていると、とても悲しく、やるせなく、はらだたしくなります。
そして、自分もそういう年になったんだなぁ、とも感じます。
これまでは、親戚のこととか面倒なことは親がやってくれていました。
親にもしものことがあれば今度はは自分がそれをしなくてはなりません。
親の愚痴を聞いて、うるさいなぁ、と思っているうちはある意味楽なのかもしれません。

何の本か忘れましたが、子供のころ読んだ本に、
「父が死んで初めて、自分が父から『死』というものから守られていたことが分かった。父が死んで『死』が自分の目の前に現れた」
といった文章がありました。
つくづく年を重ねるということどういうことなのかを考えさせられたこの頃です。

ところで、最近、終末ノート・エンディングノートをつけることが流行って(?)いますが、残された者の身になれば、これは絶対にやっておくべきことだと思います。
昨年私の義理の母親が他界しましたが、あまり家のことにかかわっていなかった義父では細かいところまでわからず、妻が本当に苦労していました。
私もそろそろエンディングノートをまとめていくようにしたいと考えています。

実家の掃除

私の両親は今入院しています。
退院の時期とかはまだ明確にならないのですが、そろそろ退院後のことも考えないといけません。
今介護認定の結果を待っているところですが、少なくとも家事支援は受けないとやっていけないように思います。
すると母親が、
「家が散らかっているので人に入ってほしくない」
といいます。
もともと片付けが上手な母親ではありませんでしたので(私もその遺伝子をしっかり受け継いでいますが・・)、年取ってさらにそれに輪がかかってるんだろうなぁ、きっとえらいことになってるんだろうなぁ、とぼんやり思いながら久々で実家に足を踏み入れました。
私の実家は父親の生家で昭和初期の建物で無茶苦茶古い木造の家です。しかも昔よくあったような連棟で、建て替えもできなければ売るにも売れないようなしろもの。
当然家の中はかなり傷んでいますし、祖母が住んでいたころからの荷物などもまだ山ほど残っています。
そんな古い家なので、私も家族も両親と会うのはいつも外か、両親が家に訪ねてくることがほとんどでした。

一歩家の中に踏み込んで、私の考えが甘かったことを思い知りました。
ぱっと見た感じは特に散らかってない・・・ように見えましたが、茶の間と台所がとんでもないことになってました。
茶の間のおぜんの上には食べさしの食材やお菓子、調味料、薬などが放置・散乱状態。そういったものが山積みになっていました。
とうぜん、お膳の周りやこたつの中も悲惨な状態。
しかもおかれている食べ物の賞味期限もむちゃくちゃ。何年も前のものから新しいものまで。
こんなところでよく食事してたなぁ・・・と食事風景も想像すらできません。
それになにより、一番問題なのが・・・・
虫です。そう、あの「✖✖ブリ」です。
こたつとかであったかいし、「食べ物」も豊富なので一年中自由に活動されているようです。
正直なところ、触るのも嫌、という感じです。

茶の間ですらこうなのだから台所は推して知るべし、です。
こちらもとんでもないことになっていました。
冷蔵庫の中も悲惨な状況です。
これ以上書くのも嫌な状態です。

これでは人に来てもらうわけにいきません。
単に散らかっているだけであればヘルパーさんでも来てもらえます。
しかし、汚いとか不潔、ではそうもいきません。
これでは家事支援なんてとても無理です。

そこで、一念発起しました。
茶の間と台所、そして洗面所を片付けよう!
どうせ今は仕事もしていないので時間はあります。
こうして私の実家クリーン作戦が始動しました・・・・

そして4日間かけて7割程度終了しました。
もう、大変でした。
2000年が賞味期限というカップ麺や味噌とかもでてくるし、フタのないタッパや箱なども山ほどあります。
ラップなども完全に変質してしまい一つの「塊」と化しています。
なんでもかんでもため込んでいく、しかも、上へ上へと積み上げていくので下にはどんどん古いものが忘れ去られていくことになります。
こうなるとさらにゴミが増えていくことになります。
悪循環です。
それと、これは特にお年寄りに多いかと思うのですが、スーパーやコンビニでもらったりする袋、いわゆるシャリシャリ袋ですね、あれをやったらめったらため込んでいってしまいます。
シャリシャリ袋は劣化します。だから古いものはゴミにしかならなくなりますし、丸められたシャリシャリ袋は虫やカビのかっこうの住処になってしまいます。
わが実家にも本当にどれだけあるんだ?と思うほど古いものから新しいものまであちこちに押し込められたシャリシャリ袋が山ほど出てきました。
今回、こういったものもすべて廃棄です。

結局4日間で燃えるゴミが45リットルのゴミ袋で30袋、燃えないゴミで10袋出てきました。
捨てるだけで大変です。
でも、この4日間の奮闘で、なんとか様にはなってきました。あとはポチポチと片付ければいいかと思います。
しかし、本当に疲れた4日間でした。

ところで、今回の掃除では、100円ショップと「セスキ」には本当に助けられました。
特に「セスキ」はすごいです。本当によく汚れが落ちます。
重曹でもかなり落ちますが、やはりセスキの方がよく落ちます。
それと、あと「エチルアルコール」もおすすめです。簡単に殺菌できますし、においなんかも押さえてくれます。
今回のおかげでいろいろ掃除の勉強ができました。

ああ、疲れた・・・

長崎 食

やっぱり旅というと「食」は切り離せません。
「食」は旅の楽しみの一つでもあります。
今回の長崎でも当然いろんな「名物」といわれるものを食べ歩きました。
ここで全部紹介するのもなんですので、そのごく一部だけ紹介します。

まず、長崎というと、ちゃんぽんが一番最初に思い浮かびます。
ちゃんぽんがおいしいといわれるお店はいっぱいありますが、今回私たちが選んだのは思案橋にある「康楽(カンロ)」です。
ここでは皿うどんも食しましたが、確かに評判通りおいしいです。
味はちょっと濃いめなんですが、コクがあって、それが麺にしっかり絡んできて大変味わい深いです。
(写真をクリックすると大きい写真が見られます)
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ちゃんぽんと並んで有名なのが「茶碗蒸し」です。
眼鏡橋の近くにある「吉宗(よっそう)」は茶碗蒸しの発祥と言われています。
時代を感じさせる店構えで雰囲気もばっちりです。どことなく映画「千と千尋の神隠し」を思い出させます。
ここへ来たらやはり茶碗蒸し・蒸寿しでしょう。これだけのセットもありますが、他に角煮なども付けたセットもあります。
今回はちょっと贅沢に(といっても2千円ちょっとですが)、この吉宗定食を頼みました。
蒸し寿司は3色のトッピングですが、あまり「寿司寿司」していなくて、けっこう薄味であっさりしています。
茶碗蒸しはとにかく出汁がおいしいです。カツオ風味(たぶんいろいろなものが入っているかと)で口に含んだ時も出汁の香りが鼻を通り抜けたまらない感じです。続けてどんどん飲んでいきたい、そんな感じです。これは一度お試しあれ、です。
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長崎は中華というイメージが私にはありました。しかし、けっこう洋食も有名です。特に「トルコライス」は有名で、いろんなお店で出されています。
トルコライスというのはカレー、ピラフ、とんかつ、ナポリタン、 サラダが載っている料理のことですが、お店によっていろんなバリエーションが存在しますので、これがトルコライスだ、というのは難しいかと思います。ただ、必ず一つのお皿にご飯ものと揚げ物、そしてナポチタンがのっている、というのが定番のようです。
今回は地元でも有名な「コロッケ」というお店にいきました。先の「吉宗」さんの近くです。2時くらいまではけっこう列が続いています。今回は「トルコライス カントリー」を注文。本来ならばコロッケが乗っているのですが、それがクリームコロッケになったものです。
味がいいのはもちろんですが、お店の中もこじんまりとして「町の洋食屋さん」の雰囲気満載でなかなかカワイイ感じのお店です。
別にコロッケも頼んだのですが、これがすごく美味しいです。もしかしたらトルコライス食べにくるよりはお店の名前でもあるコロッケを頼んだ方がいいかもしれません(もちろんトルコライスでコロッケもありますし、ナポリタンもしつこくなくておいしいです)。また、ぜひ来たい、そう思わせるお店でした。値段もリーズナブルですし。
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ところで、なぜ「トルコライス」というのかは諸説あって不明なようです。そのため「元祖」とか「本家」とか自認するお店も多いとのことです、

おまけ

長崎駅の駅ビルの中にある「カフェ&バー ウミノ」さんのフルーツサンドです。長崎で一番おいしいとの評判です。
実際に食べてみるとたしかにおいしいです。クリームが全然しつこくなくて、イチゴなどのフルーツとすごくマッチしています。
これは一度お試しあれ、という感じですね。ぜひクリックして大きな写真で見てください。
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おまけのおまけ
写真はありませんが、今回初めて食べて感動したのが「ザボン」です。
すごくでかいミカンです。
「ザボン」といえば、その皮を砂糖漬けにしたお菓子が有名ですが、その生の実も実においしいです。季節もんだし、あんまり県外にはでまわらないようですが本当にさっぱりしておいしいです。買って帰りたかったのですが、意外と売っている店が少なく、大きいので今回は断念しました。次回は何としてでも1個買って帰りたいものです(かなりでかいですが・・・)

長崎 軍艦島

長崎の旅の3回目
今回は世界遺産にも登録されかなり有名になった軍艦島(端島)の話です。
軍艦島のことを初めて知ったのは小学6年生のころです。
学校の先生から聞いた話で、長崎にある小さな島なのに、そこにたくさんの人が住んでいて石炭を掘っている。そこに住む人たちのためにいろんな建物が狭い場所にひしめき合っていて、遠くからみるとまさに軍艦に見える、という話でした。
なぜか妙にはっきりと覚えていました。
その後、確か大学のころだったかと思いますが、友人に誘われていった「純」という映画(横山博人監督、江藤潤主演)の中で、主人公の松岡純が里帰り(どうも集団就職で東京に出てきていたらしい)のシーンで端島=軍艦島の映像を見たのがきっかけで、なんとか行けないものか・・とずっと考えていました。しかし、所有者の三菱は危険なこともあり個人の上陸は認めていませんでした。
考えたらこの映画撮影のころから現在まで35年以上たってるんですねぇ。そりゃ劣化も進みますね。映画のなかで江藤潤が島のあちこちをうろつくシーンがあるのですが、このときはまだ1号棟も入れたみたいですね。今は完全に不可ですが。

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↑クリックして大きな写真で見てください

今回は軍艦島コンシェルジュというクルージングツアーに参加しました。
詳しくはこちら→ 軍艦島コンシェルジュ
私が行った日は天気も良く海も穏やかだったので非常にいいコンディションだったのですが、前日と翌日はコンディションが悪かったため上陸できなかったそうです。上陸できないことはわりとあるようなのでラッキーでした。
ガイドさん(以前に端島炭鉱で働いていた人)の説明もわかりやすく、大変満足のいくツアーでした。

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上陸しても、見て回れるのは島のほんの一部です。でも、何よりずっと行きたいと思っていた軍艦島に上陸できたことだけで十分満足できました。
この小さな端島の地下には広大な海底石炭鉱床が横たわっており、ここから産出される石炭は非常に高品質で、日本の発展の原動力となりました。
エネルギー政策の転換で、1974年に閉山されるまで、日本のエネルギーの多くをこの端島が支えていたのは間違いありません。
ガイドさんの島での生活や、採掘場に行くまでに暗闇の中を2時間かけて移動したとか。そういった話を聞くと感慨深いものがあります。
明治から昭和にかけて日本の発展を支えた歴史がそこに横たわっています。

軍艦島コンシェルジュに参加すると「軍艦島デジタルミュージアム」の半額券がもらえます(上陸できなかったらここの入場券がもらえるようです)。
軍艦島のディティールをデジタルで再現したものでけっこうインパクトあります。
詳しくはこちら→軍艦島デジタルミュージアム
場所は大浦天主堂から土産物屋の並ぶ筋を下ったところにある(ここらのカステラ屋では試食させてもらえます。ぜひ試食してください)カステラ屋の長崎堂のビルに入っています。
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ところで、「軍艦島」の由来はというと、島の外観が三菱長崎造船所で建造された「戦艦土佐」に似ているからだと言われています。
この戦艦土佐はワシントン軍縮条約のあおりを受け廃艦となりました。その無念さから、この端島の姿と戦艦土佐の姿をだぶらせたのだと言われています。

軍艦島・・・・ なんとなくノスタルジックなものも感じます。機会ありましたら、ぜひ一度訪れてみてください。







長崎 被爆被害

長崎の旅の続き。
長崎はみなさんもご存じのとおり、広島と同じく原爆の被害にあった都市です。
長崎では原爆で7万4千人もの人命が失われました。これは当時の長崎の人口の約3分の1です。一方広島は14万人の人が亡くなっていますので、こちらは当時の人口の約4割の方が亡くなったことになります。
たった一瞬の、一発の爆発が7万4千人、14万人の命を奪ったのです。
しかも、被害はそれだけにとどまりません、生き残った人、原爆投下後に現地を訪れた人、そういった人々の多くが放射能に被爆し、その後の人生を狂わされています。
「ピカ」とのちに呼ばれる、たった一瞬の光です。その光と熱線と爆風と、放射能が多数の人たちの命を、人生を奪いました。
しかも、恐ろしいことに、これは天災ではなく、「人が意識的に引き起こした」事だということです。
人が「戦争」という理屈だけでどれだけ残酷になれるのかということを如実に表しています。
実際に原爆を投下したB29のボックスカーやエノラ・ゲイの乗組員がどういう気持であったか、とか、原爆を開発した科学者の倫理は、とか言ったことをここで論ずるつもりはありませんが、長崎と広島には間違いなく原爆が投下され、おびただしい数の人々が苦しんだ、という事実を同じ日本人である我々はしっかりと認識しなければいけない、ということだけは間違いありません。
ボタンを押す、それだけでとんでもない数の人が死ぬ、その事実を我々は考えなくていけないのです。

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言わずと知れた平和の像です。「平和」と口で言うのは簡単ですが、それがとんでもなく難しいかということは過去の歴史が証明してくれます。

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爆心地から500メートルほどのところにある城山小学校です。もう一つ山里小学校というのも有名ですが、こちらの城山小学校では、被爆した校舎の一部が切り取られて城山小学校平和祈念館として残されています。非常に貴重な当時の資料も残されており、平和公園を訪れたならば、ぜひ立ち寄ってください。ボランティアの方の詳しい説明も貴重です。

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浦上天主堂の被爆した石造群です。熱戦で黒焦げになり、爆風で多くが吹き飛ばされています。

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有名な山王神社二の鳥居の一本鳥居です。爆風で鳥居の片方がもがれています。あまり気づきませんが、半分亡くなっただけでなく、鳥居そのものが約10度くらいねじれています。行かれたら確認してみてください。

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この「長崎の鐘」は原爆投下時に自らも被爆しながらも命がけで救命活動を行った長崎大学医学部教授の永井隆先生が白血病に倒れたのちに、病床の中で一番最初に書かれた著作です。原爆投下直前から投下直後、そしてその後の状況が書かれています。
しかし、けっして悲惨なだけの書ではありません。原爆の悲惨さをしっかりと伝えながらも、生きることの大切さを教えてくれる書です。
広島、長崎を通じて私はこの書が一番最高の書だと思っています。「永井先生」と言われてもなかなかピンと来ないかもしれませんが、現地にいくといたるところで目に入ります。ぜひ、一度この書を手に取ってみてください。

ちなみにですが、私の父親は広島の原爆被爆者です。母親は被爆はしていませんが、長崎出で、父親は広島。原爆は私にとってけっして他人ごとではありません。




長崎

1週間ほど長崎に行っていました。
先に両親の入院に関して書きましたが、入院してすぐに母親から長崎に行ってくれと頼まれました。
母親は長崎の出で、そこに父親の墓があるそうで、自分が入院していけなくなったので墓参りに行ってくれとの頼みです。
実は私の息子も長崎大学に行っていて、長崎市内で下宿しています。まだ私は行ったことなかったので、それも併せて長崎に行くことにしました。

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長崎は神戸と同じく港町ですが、神戸と大きく違うのはその坂のきつさです。
神戸も山と海が迫っているのですが、長崎は大きな渓谷がそのまま海になった感じで神戸以上に山に囲まれています。
そしてその坂や階段は非常に細く急です。神戸だと北野近辺の坂がきついですが、そのきつい坂が川を挟んで長崎という街を取り囲んでいる感じです。
さすがに坂に慣れてる私でもけっこうこたえます。お年寄りには本当に大変だろうなと思います。

今回は長崎の街を本当によく歩きました。
長崎弁で「ぶらぶら歩く」を「さるく」というのですが、毎日さるきまくってました。
大体2万歩以上は歩いたかと思います。
でも、歩いたからこそ出会えた長崎の「良さ」もありますので、私は長崎は「さるく」ことをおすすめします。
「長崎サルク」といってボランティアの方が長崎を案内してくれるサービスもあるので、そういったサービスを利用することもおすすめです。

両親の入院

私の両親が入院しました。
特に母親が、いわゆる「知らないまに骨折」と言われる「背骨の圧迫骨折」になってしまいました。
母親は80過ぎているのですが、ある時からどうも横っ腹あたりが痛いなぁとは思っていたのを無理して普通の生活をしていたら、急に痛みが増してきてにっちもさっちもいかなくなって入院、ということになってしまいました。
一方、父親の方は、昔大腸がんや肺がんをやってはいましたが、最近は生活にも特に問題もありませんでした。しかしそうはいっても90近い老人ですし、やっぱり母親が入院してしまうと放っておくわけにもいきません。そこでいっしょに入院させることにしました。
入院手続きと同時に介護認定の手続きも進めていきました。母親の場合は仮に骨が固まって痛みが治まっても今後は絶対に無理できませんし、少なくとも退院後しばらくは買い物や洗濯などの家事もできそうにありません。できれば家事支援くらいは受けたいものです。
それにしても以前から覚悟はしていましたが、やはり親が自分の力で生活できなくなる、というのは本当に悲しいものです。
腹立ちと悲しさと、情けなさが同居した感じです。
まぁ、両親ともにボケはまったく見られないので、その点はありがたいのですが、その分愚痴も多く、わが両親ながらいっしょにいるとうんざりしてくることも多々あります。そして、そんなことを考える自分に対しての自己嫌悪もあったりします。
まぁ、1か月は入院することになりそうですが、これから心配事も増えてきそうです。
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Author:気まぐれ社労士 
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