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「和食さと」労基法違反で書類送検

大阪労働局 「和食さと」「すし半」のサト、違法残業月111時間 容疑で書類送検

昨日(9月29日)の産経新聞の記事です。あの「和食のさと」などのホールディング会社であるサトが法人とさん天事業推進部長、店長4人を書類送検されたとのことです。
記事によると問題となるのは2点

1.36(サブロク)協定の有効性
2.超過労働時間の問題


2の方は平成27年、本社と大阪府内のすし半、和食さと計4店で、従業員7人に対し最長で1カ月111時間~49時間の時間外労働をさせ、しかも未払いまであったとのこと。
飲食業界ではかなり前から長時間残業や未払い残業代が問題となっており、特にワタミがそのむちゃくちゃな就労環境と起業姿勢からブラック企業とされ、大々的に批判報道された結果それが大きく業績にも影響を与えたという「悪いお手本」まで存在するというのにそれに学ぶことがなかった結果こういった事態となってしまいました。
これで「サトもブラック企業」という風評がたってしまっても仕方ないでしょう。
(ある人に聞くと以前からサトはブラックだという噂は出ていたそうですが・・)
あと、「すきや」のワンオペなどの劣悪な就労環境も大きな問題として報道されたこともまだ記憶に新しいかと思います。
ちなみにワタミは今年(2016年)6月27日に新聞広告で「私たちワタミは変わります」という1面広告を出しています。
しかし、その内容があいまいで使っている言葉の意味も今一つ不明確なためブラックのイメージ払拭にはならなかったようです。なにより一度ついたイメージはなかなか消えないということなのでしょう。
「社員から搾取する会社」これは企業経営においても致命的です。
「社員を使い捨てる会社」が長期存続することはないというのは過去を見ても簡単にわかることなのに、なんでこんな簡単な理屈がわからないのでしょう。
実に不思議です。

この長時間労働・未払賃金の問題はいわゆる「よくある話」なのですが、1の「36協定に有効性の問題」は最近労基が特に力をれている事案で、そこには「労働者代表の選出手続きの瑕疵」という問題が含まれています。
実はこの労働者代表の問題はこれまではあまり問題にされてきておらず、中小事業所ではどちらかというと形骸化しつつあった問題です。
しかし、本当はこの労働者代表というのは労働者にとってすごく重要な存在です。
36協定に限らず、労働者代表は事業主と労働者を繋ぐ重要なパイプ役なのです。
しかし、ここでその交渉役となる「労働者代表」がきちんと「民主的」なプロセスに従って選出されていないと、こういった労使協議の機会がすべて会社側の恣意にしたがって動いてしまうことになります。
そのため、労基ではこの労働者代表の有効性に関して指導を強化することで労働者が自発的・自律的に自らの就労環境を改善するようにできるようにするとともに、事業主と労働者の間に話し合いの機会を増やし、労使が協働して事業を盛り立てていくということを目指しています。
(時々勘違いしている人がいますが、労基は会社を「罰する」ために仕事をしているわけではありません。「健全な労使関係」を構築し、労使ともに発展する環境づくりを目指して働いています。)

では、労働者代表というのは誰がどうやって選出されるのでしょうか。
労働基準法施行規則第6条の2では以下のように定めています。

(1)監督・管理の地位にある者でないこと。
(2)労使協定の締結等を行う者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であること。

問題となるのは(2)でしょう。最近は労基の指導や社労士などの注意喚起から「民主的」な手法で(少なくとも形だけでも)労働者代表を選出するようになっているように見受けられます。しかし、それでも多くの事業所で「なんとなく」とか「適当に」とか「会社の指名」とか決められている場合もまだまだ多いように思います。
ひどい事業所では労働者代表の選出も行っておらず、必要な時に適当な社員の名前を使ったりして体裁だけ整える、というのも少なくありません。

あまりこれまで問題視されていなかった(ように見える)「労働者代表」ですが、これからはいい加減な運用をしていると痛い目にあう、ということです。
この際社内のプロセスや各種協定書なども見直しをかけておいた方がいいのではないでしょうか。

旅行中に一気読み

この3日ほど札幌まで旅行に行ってました。
その旅のお供としてもっていったのがこの本。
ここんとこフィンテックスの勉強していましたが、その流れで人工知能(Artificial Intelligence; AI)の方も現状がどんなものなのかを知りたくなったので簡単に読めそうだったので飛行機でちょうどいいかなと思って購入しました。
ほぼ予想通り生き返りの飛行機で完読。
私は飛行機の中では大概寝てしまうのですが、今回はこの本が予想より面白かったのでずっと読んでました。

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近年のAIの進歩は特に目を見張るものがあります。先日もグーグルの開発したAIが囲碁のチャンピオンに勝ったという話が巷をにぎわせました。
AlphaGo(アルファ碁)と言われるそのAIはディープランニングという技術を使って学習による推測を行うことができます。
ディープランニングという技術自体は実は特に目新しい技術ではないのですが、ここのところのハードウェアの進歩やソフトウェアプラットフォームの進歩が劇的な成果をもたらしました。
これ以外にもAIの技術や考え方はありますが、究極のAIができたらどうなるのか?
AIがあるレベルまで進歩したら、あとはAI自身がどんどん自分自身を進化させていきます。
そしてAIはあるレベルを超えると、人間をはるかに超えた「知能」となります。
そのレベルを「シンギュラリティ」と呼びます。
このシンギュラリティのあとの世界はどうなるのか?
正直それは誰にも予測がつきません。まさに「神」の次元です。

AIは核爆弾と同じだとよく言われます。
使い方によっては人類の繁栄にも滅亡にもつながります。
まぁ、そこまでいかなくても、人間の仕事の役8割が将来AIにとってかわられるといわれています。こういわれると「AIは人間の敵だ」なんと思われるかもしれませんが、逆に言うと人間はAIに養われるようになりm労働から完全に開放されるかもしれません。
私は個人的にはAIの進歩は人間に福音だとずっと考えています。

「人工知能が進化したら人間は人工知能の奴隷になるんじゃないのか?」
「そんな心配はいらない。神のような人工知能が人間みたいな使えないやつを使うわけないだろ」

AIは人類の敵か味方か?
その答えは案外この本にあるかもしれません。



そこそこ一気読みでした

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一般社団法人 日本メンタルヘルス講師認定協会代表理事である見波氏がご自身の経験からメンタルヘルス不調がどういった場面で起こるのかを中心に書かれた本です。
見波氏のお名前は以前から耳にしていましたが、その著作を読むのはこれが初めて。
私自身もメンタルヘルス対策担当として勤務してきましたし、また現在も産業カウンセラーとして企業のメンタルヘルス対策にかかわりも持っています。
そういう事から、発売されてすぐに購入したものです。
これをほぼ2日かけて読み通しました。
で、感想は?というと・・・

読んでいるうちに「うんうん」とうなずくところも多いのですが、全体的に比較的常識的な内容しか書いていなくて、その対策も特に目新しいものはない、

というのが感想です。
それと、けっこうご本人の思い込みというか、きめつけの部分も多く、そのあたりが鼻につく、という感じです。

「飲み会のない職場は心が折れる」といったことを書かれていますが、今の時代「飲み会」そのものがなくなってきていますし、仲間内の飲み会も仕事が忙しいとか、結婚して子供ができたりとかで、何か特別の理由がない限り集まることはなくなっている感じがします。
もちろんお酒が好きだから、といったことで仲のいい者同士で飲みに行くといったことはあるでしょうが、それでもしょっちゅうというわけにはいかないでしょう。
それなのに「飲み会がないから心が折れる危険あり」という表現には疑問符が付きます。
今時そんな昭和を語られてもなぁ、と感じます。
だいたいそれならお酒を飲まない人も無理をしてそういう席にでなければいけないのか?とも思います。
私もお酒を飲みませんが、それでストレスを発散できないなんてことはこれまで感じたことはありません。

それともう一つ、
「運動部出身でなければ心が折れやすい」といった表現もありますが、これはまったく賛同できません。
運動部にいた人は「不合理な縦社会」に鍛えられているから、会社に入っても、会社の「不合理な縦社会」に耐えることができる、という意見のように取れます。
だったら運動部の経験のない人の方が「心が折れやすいのか」ということになりますが、その点について著者ははっきりと、「自分の経験から言ってそう思える」と書かれています。
でも、私がこれまでメンタル対応をしてきた「経験から」言うと、運動部出身なんてなんの意味もない、と思っています、と言い切れます。
実際前の会社でもメンタル不調でダウンした多くの人が運動部出身であったという事実もあります。
ある会社の人事部長などは「却って運動部出身の方が心が弱い」という意見を聞いたこともあります。
まるで、運動部出身でなければ心が弱い、と言わんばかりの論調はどうなのかなぁ、と首をかしげたくなります。
やはり、ストレス耐性やレジリエンスなどは個人の資質によるものが大きいと私は考えます。

あと気になったのは、「ご自身の主催するセミナーの宣伝?」と思えるようなところがあること。ちょっとうざいかなぁ、と感じます。
それと、「うつ」や「うつ症状」のメンタル不調には当然触れていますが、最近の「新型うつ」にはまったく触れていないところもちょっと不思議に感じました。
産業カウンセラーとしてそこそこ大きな企業で面談を行っているのであれば必ずと言っていいほどこの「新型うつ」のケースを体験しているはずです。
私ですらそういった人と面談したことがあります。
ページの関係で省いたのかもしれませんが、「新型うつ」というのは今の企業では高い危機感をもってあたらなければいけない事案であると私は考えます。

この本は読みやすいですし、著者がメンタル不調に真剣に立ち向かう「熱い思い」も感じられるし、いい内容の部分も多いだけに、こういったマイナス面が目立ってしまっているのはすごく残念だなぁ、と思いました。
自分の思い込みで「押しつけ」になってしまっている部分が鼻につくところがあるというのは実に残念です。

一気読みしました

以前、ある社労士の先生から、社労士も経済を理解していた方がいい、という話を聴いて、
うん、なるほど、
と思ったことがあります。
実はここのところフィンテックのことを勉強していて感じるのが、自分の経済の知識の激しい劣化でした。
以前ファイナンシャルプランナーの勉強をしていたころに、経済学から金融工学まで含めてかなり勉強したつもりだったのですが、どうもかなりの部分が抜け落ちてしまっている感じです。
これではいかん!と、どうやって補おうかなと考えていたところにこの本を見つけました。
大学4年間に勉強することをたった10時間で学べる!
すごくリーズナブルでお手軽です

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まぁ、そんなこと本当に真に受けて買ったわけではありませんが、パラパラと立ち読みしてみて、自分が知りたいなと思うような内容だったので購入しました。
で、読んでみると、本当に10時間で読み切りです。
内容がすごく簡略化されていて一気に読んでいけました。
で、その感想は・・

ミクロ経済学の部分はすごくわかりやすいので、これを読むと新聞なんかがわかりやすくなるかもしれません。
しかし、マクロ経済学の部分ははしょりすぎてわかりにくいところも目立ちました。
「簡略に」を意識しすぎて肝心の部分がわからなくなっている感じです。
でも、マクロ経済学はどうしてもグラフや数式が出てくるので、まったく経済学をやったことのない人にはもともとハードルが高いものです。それをここまであっさりと書けたというのはそれだけでも拍手かも。
まぁ、読む人によって評価が分かれるとかは思いますが、この本を読むことで、理解できたかどうかは別にして、
「経済学」を勉強した気にはなれます。

本格的な経済学の本としては詳しい人には物足りないでしょうし、全然知らない人にはとっつきにくい(特に後半)、といった感じではないでしょうか。
ちょっと中途半端に終わったかな?という感じはします。
しかし、経済学ってなんぞや?と興味を持っている人には「ざっと」概略を知るにはいいと思いますし、経済学部の学生が読むと結構刺激になるのではないでしょうか?

しかし、本当に東大生がこれよんでるんですかねぇ



家族葬

私事ではありますが、昨日9月9日に父が亡くなりました。84歳でした。
これまで、被ばく、大腸がん、院内感染、肺がん・・とけっこう大きな病気をしてきていましたが、ダメかな、と思ってもそのたびに不死鳥のように(そんないいものじゃないか・・)よみがえってきてました。
医者いわく、体がとにかく強い、何が強いというのではないけれど、生命力が強いというか・・・と、よくわからない説明を聞かされていました。
しかし、そんな父もとうとうエネルギーが切れてしまったようです。
胃潰瘍がひどかったので入院していた病院で夜中にベッドからでようとして落下して頭を打ち脳梗塞に。そして半身不随となって寝たきり入院していましたが、8月に回復が見込めないため「看取り診療」の病院へ。そこに移ってから1か月して、とうとう息を引き取りました。
すごく静かな死でした。
ほとんど苦しむことなく、知らない間に死んでた、と冗談いいたくなるくらいでした。
まぁ。生きてるうちはいろいろとあった父ですが、死んでしまうとそういったことも妙に懐かしく思えます。
そして葬儀は本人の生前の希望と喪主である母親の強い要望で、思い切り簡素な葬儀になりました。
家族だけで行う家族葬なのですが、いわゆる直葬というもので、葬儀会館に移送したら、そこで最小限の葬儀をしてそのまま斎場に移送します。
僧侶の読経はもちろん行いますが、通夜もやりませんし、読経も比較的ショートバージョンです。あとは斎場に入るときの読経だけです。
父が亡くなったのが9日の午前9時15分で、今日骨拾いが終わったのが午後2時半。むちゃくちゃ早いですね。私自身こんな簡素な葬儀は初めてだったのでちょっと意外でしたが、聞いてみるとけっこう最近増えているそうです。
おそらく皆さん予定も多いし、葬儀というのはそれだけでも精力を使いします。それに核家族化も進み、親族間の繋がりも薄くなってしまっているといった事情から葬儀の規模も縮小する方向に向かっているとのことでした。
そしてこういった流れはここ3年ほどで急激に強まっているそうです。そう言えばここんとこ急に家族葬の広告をみるようになった気がします。
これだけ簡素ですので、当然費用も最低限。えっ!って思うような金額です。
これは正直言って大変助かります。会葬や弔問、弔電などもないのでそういった対応もしなくてすみます。
何もかもがリーズナブル。
まぁこれが本当にいいのか?という疑問もわくかと思いますが、実際これで済んでしまいますので、我々も本当に楽でした。
楽だったらいいのか?という声もあろうかと思いますが、葬儀というのは想像以上にエネルギーをくいますし、事後の手続きなども大変です。
生きている人間がまいってしまっては意味がありません。人手も少なくなっていますし、できるだけ簡素に済ませたいというのは間違った考えではないと思います。
家族葬には異議をいう人も多いと聞きます。
私の場合、今回は本人の希望もありましたし、母の要望でもありました。
だからなんの「引け目」も感じてはいませんし、自分なりに「いい葬儀」をしてやれたと自負しています。
だからこそ、できれば私のときも思い切り簡素な葬儀にしてもらえればと思います・・いや、葬儀そのものがいらないかも。
死んじゃったらわからないですしね。
不謹慎な言い方ですが、今回改めて葬儀というのは結局「生きている人」の気持ちであり、「自己満足」なんだな、と感じさせられました。

ところで、大昔に読んだ本(これがどうしても思い出せません)で、
「父が亡くなって初めて自分が父から『死』というものから守られているかよくわかった。父の死によって今度は自分が『死』の防波堤になるのだな、と改めて思った」
という文がありました。
今自分が父を亡くして本当にこの思いが理解できた気がします。

残業時間に上限設定

今朝の新聞に出てました。
政府が36協定の運用を見直すことで1か月の時間外労働の上限を厳格にし、実効性確保のための罰則も設けるとのこと。
まだ制度の検討段階に入っただけで、具体的な議論は「働き方改革実現会議」(2016年9月発足)でこれから議論されるとのことなので、実際に導入されるかどうかはわかりませんし、導入されるにしてもまだ何年か先のことになるでしょう。
でも、これまでずっと長時間労働のことを問題だ問題だ、と言っておきながらこれといった具体的な対応策を打ち出してこれなかった政府がやっとやる気を見せた感じです。

36協定は労働基準法36条に基づく労使協定で、これを結ぶことで原則1か月45時間までの残業をさせることを認めるものですが、実は「特別の事情」を定める「特別条項」というものがあり、これを協定に入れることで(特別条項付36協定)この45時間の制限もなくすことができます。
もちろん無条件というわけではなく、一時的又は突発的であること、全体として1年の半分を超えないことが見込まれること、といった制限があることはあるのですが、実際にはほとんど野放し状態です。

36協定、特に特別条項に関しては以前から労働基準法の労働時間条項を骨抜きにする規定だとの強い批判がありましたし、協定の厳格適用を規定すべきだとの指摘もありました。しかし、そういわれつつも社会的には「残業」なるものが当然のものと認知されていたという大人の事情や、残業手当が家計の重要な収入源になっていたことなどもあり、なかなか思い切った対応ができてきていませんでした。せいぜい注意喚起程度の通達を出す程度のことしかできませんでした。
こういったこともあって36協定が「残業免罪符」(正確には免罰ですが)のようになってしまっていました。
世の中の会社には「うちは36協定出してるからいくらでも残業させられるんだ」(正確には「出す」のではなく「結ぶ」であって労基署に「出す」のは「手続き」です)とさらりという会社もけっこうありますし、そもそも協定を結んですらいない会社もかなり多いというのが実情です。

こういった、もどかしい思いの多い「36協定」がやっと日の目を見そうな感じです。
36協定締結というのは労働者が直接会社と交渉でき、強い立場に立つことのできる唯一(と言っていいと思います)の機会です。
何しろこれを結ばないと会社は1分でも残業させられなくなるわけですから。
しかし、実態はまったくそうではなくて、結局会社の都合で決められてしまっています。しかも「特別条項」のおかげで実質的に残業は青天井です。

実は正直に言うと、私が以前労働組合の役員をしていた時にはこの36協定の特別条項にはかなり会社と詰めた議論もしましたし、特別条項の撤廃も主張したものです。しかしそんな私が人事の立場に立つと今度は逆にこの特別条項がなければ会社が立ち行かないということを痛感することになります。立場変われば考え方も変わるということです。

今回の政府の考え方では、この特別条項の厳格化による撤廃と同等の効果を狙っているようです。これはこれで大切だと思います。
しかし、考えてみれば一般条項の月45時間の残業というのもけっこうな労働時間です。それに、現時点ででも特別条項を結んでいない会社もけっこうあるという事実も併せて考えるならば、ただ特別条項をなくせばいいというのではなく、できれば45時間というのを20時間くらいまで思い切って圧縮するべきではないでしょうか。それくらいやらないと効果は出てこないような気がします。
あと、罰則も設けるとありますが、これも労働基準監督官の司法警察職員としての権限範囲に入れる(すなわち超過労働させたら逮捕される)べきであると考えます。

経営者も労働者の残業に頼ることのない業務体制を考える方が結局は会社の利益になるという事に気が付いた方がいいと思います。特にメンタルヘルス不調者を一人だしたら億単位の損害を被りますし、みんなが不幸になります。
みんなが幸せになってこそ企業経営がないり立つのではないでしょうか。
ただ「がんばれ」というだけでは会社は成り立たなくなっている時代であることを認識すべき時だと思います。

安倍内閣は「労働」の改革ができるか?

最近ちょっと考えたことです。
それは「労働」っていう言葉。
一体安倍内閣で言っている「労働」ってなんなだろうなぁ、と。
安倍内閣はこの前の参院選ではだいぶトーンを落として「非正規を正規」にという意味が今一つわからない方針を全面に出してきました。
そしてその時強調されたのが、

「同一労働同一賃金」

という言葉。
この言葉の意味はWikipediaによると、

職種が異なる場合であっても労働の質が同等であれば、同一の賃金水準を適用する賃金政策のこと。

となっています。
すなわち「同じ仕事をしているのであれば同じ賃金であるのは当たり前」という事で、至極もっともなことです。
しかし、ここで疑問が・・・

じゃ、ここで言ってる「労働」って何?

というのが問題になります。
何となく言葉だけ聞いてると、働いている人は同じ仕事してたら同じ給料もらえる、って聞こえてきませんか?
でも、実際そんなことはあり得ないですね。

いろんな資料を読んでみると、どうも、ここでいう「労働」というのは、いわゆる工場やオフィスなどでの「ルーチンワーク」を意識している感じがします。
事実、その後の政策でも明確に「非正規労働と正規労働の賃金格差の是正」なる言葉が打ち出されてきています。
もちろんこれは第一ステップであって、今後はその先へと進んでいくことになるのでしょうが、少なくとも私は、

「成果を求める仕事に、単純に同一労働という概念はそぐわない」
「同一労働同一賃金ではなく、同一成果同一報酬」

と思っています。
ある社会学の大学教授によると、欧米での労使関係はブルーカラーとホワイトカラー(この区分についてはいろいろあるのですが、ここでは便宜上こう分けています)にきれいに分かれていて、よく、労働問題として扱われるのはブルーカラーの労働問題なのだそうです。
なぜかというと、ブルーカラーの場合、時間拘束で賃金が決まっているわけですから、労働者からすると少しでもさぼった方が得なわけです。また、労働組合は時間単価を少しでも高くなるように勝ち取れればいいわけです。するとここに「闘争」が生まれます。
これがよく問題化されるので、労働問題=ブルーカラーとなるわけだそうです。
一方、ホワイトカラーと言われる管理系の労働者の場合は、管理者としての仕事(タスク)が事細かに設定されており、それぞれに価格(賃金)が決まっています。タスク=役割が増えればそれだけ給料が増えますが、与えられたタスク以上のことはしない、というのが契約となります。
ですからホワイトカラーの場合、その役割を果たせなかったら、その分給与が少なくなっても仕方ないわけです。
それが「契約」なのですから。

しかし、日本ではこういった区分訳はあまりなされていません。
ホワイトカラーとかブルーカラーとかいった区分けの意味も欧米となんとなく違う気がします。
それに、日本ではブルーカラーもホワイトカラーも一緒くたな賃金制度が敷かれているケースがほとんどです。
そのため「労働」の意味もすごくあいまいになってしまっている感があります。
大げさに言うなら、労働者一人ひとりで「労働」の意味が違っているといえると思います。
それなのに「同一労働同一賃金」なんてどうやって達成するのだろうか?と考えてしまいます。

このたび安倍内閣は自らが掲げる「働き方改革」の推進に向け「雇用環境・均等局」(仮称)の設立を発表しました。
雇用環境・均等局では同一労働同一賃金の実現や長時間労働の是正などを担当しますが、これまで労働基準局や職業安定局が扱ってきた非正規労働者の処遇改善などに関する業務も担当するようになります。
特に若者のキャリア形成に関しての職務にかなり力を入れられているようですが、これもふたを開けると非正規の若者にキャリア育成をして正規雇用への転換を図る、ということです。
確かに非正規雇用を正規雇用に転換促進し、雇用の安定を図ることで「労働」の質は向上すると思います。
しかし、それですべてが解決する、というわけではありません。

私は国の言う「労働」とは何かをもっと明確にしたビジョンを作らなければ、結局場当たり的な対応で終わってしまうのではないかと危惧しています。

あれ?少し論点がずれたかな・・・

なぜフィンテックの話?

今日、ある人から質問されました。

「最近、ブログにフィンテックの話をずっと書いてるけど、社労士なのになぜ?」

確かに、私の領域は社会保険労務士の業務であり、人事労務管理であり、カウンセリングを主としたメンタルヘルスであり・・・
で、フィンテックのような金融の領域はあまり関係ないように思えます。
なのに、今けっこう真剣にフィンテック勉強してます。
それはなぜか?
それは、

「超、面白いから」

です。
もともと私は情報システムの出身であり、とうぜんコンピューターに関することは全般にすごく興味をもっています。
また、以前企業年金基金の資産運用執行理事をやっていたこともあり、また、ファイナンシャルプランナー(AFPですけど)をやってたこともあって金融の世界にもすごく興味をもっていました、いや、今も持っています。
また、金融の世界は数学が支配する世界でもあり、数学も私は大好きです。
これら3つの興味領域が合体したのが「フィンテック」ですので、これを勉強しない手はないでしょう。
とは言え、これが社労士の仕事に直接役立つかというと、それはちょっとないかもしれませんね。
でも、知識はどんな知識であっても人生を楽しくしてくれるスパイスのようなものだと、私は思っています。
だから興味がわけば、それをとにかく勉強してみようと考えます。
まぁ、趣味みたいなものなのですが、これからも勉強は続けていきたいと思います。

しかし、
金融に詳しいからと言って投資が強いわけでがありませんし、
コンピューターが好きだからといって高度なシステムを組んでビットコインをゲットするというようなことはしませんし、
数学が好きだからといって、難問が解けるわけではありません

だから、ただ「楽しいから」というのが本音です。
フィンテックに限りません。少しでも興味をひいたら、ちょっと踏み込んでみませんか?
きっと新しい世界が広がりますよ

いや、大げさではなくホントの話です。

フィンテックの話 3

前回に引き続き「仮想通貨」の仕組みを簡単に書きます。
現在多数の「仮想通貨」が生み出されていますが、ビットコインは初代の仮想通貨であり、そのベースであるブロックチェーン技術はすべての仮想通貨の基礎となっています。
仮想通貨の仕組みはブロックチェーン技術の仕組みであるといってもいいかと思います。

では、そのブロックチェーン技術の仕組みとはどういうものなのか、ごくごく簡単に説明します。
ただ、ここでは多少はっしょって説明しますので詳細は本格的な技術書に譲りますし、厳密には少しことなる部分もありますので、その点ご了承ください。

ブロックチェーンは前にも書きましたように「取引記録」の保全技術です。
その流れは以下のようになります。

利用者が取引情報に暗号署名をそえてネットワーク経由で分散データベースにその情報を保存します。その時、「分散」データベースですので同じ情報がネット上に分散して保存されるため、データは1か所だけではなく、同時に複数の場所に存在します。
それらの複数の記録がきちんと整合性が取れていることを何らかの方法で証明できなければいけません。そのため各分散データベースの間でデータを更新するときに、更新していいよ、というお互いの「合意形成」を行うことでデータの整合性をとっていきます。
この「合意形成」に工夫を凝らし、「悪意あるリクエスト」の排除を行うようにしています。
こういった「分散データベース間での整合性確保のための合意形成メカニズム」を、ブロックチェーンでは「マイニング」と呼ぶ手続きで行われます。
そして、こうやって「整合性」が確保された「取引記録」は外部から参照できるようになります。
分散された記録はネットワークのあちらこちらに保存されていて、しかもそれらの整合性が確保されているため、削除はもちろん改ざんも不可能です。
ネットに拡散した写真などが回収不能になるのとよく似ています。

そうして分散データベースのデータの整合性確保の「マイニング」を行う作業を担う人たちには報酬が支払われます。それによってビットコインをゲットすることができるということです。
これがビットコインをマイニング(発掘)する、ということです。
しかも、そのビットコインの「値打ち」が高騰しており、初期から何百万倍になっています。しかも、このマイニング作業には原則誰でも参加できるため、まさにアメリカのゴールドラッシュのようなことが起こっているわけです。

で、その「マイニング」が実際どのように行われるかというと、


1.AさんがBさんに1ビットコインを送るという取引が発生し、この情報がネットに流れます
2.この取引情報を分散データベースに更新する作業参加者が「合意形成」に参加します。
この時データベースの取引記録更新権を参加者間で争奪戦を行います。この更新権は Proof of Work という課題問題(複雑な暗号)のようなものを参加者間で一斉に競争して解いていき、一番最初に解いた人が更新権を得ます。
3.更新権を得た参加者は取引情報を確認して分散データベースを一斉更新します。
4.更新者は更新の報酬としてビットコインを得ます。もちろん、自分がビットコインを得たという取引も分散データベースに記録されます。

つまり、何人もいる参加者の中でデータベースを更新できるのはただ一人ということです。
このいわゆる「更新権の争奪戦」を勝ち抜くためにコンピューターの能力がものをいうわけです。
金を掘るにもツルハシで掘るより掘削機で掘った方が多くの金を手に入れることができますが、ビットコインも同じで強力なコンピューターシステムで暗号解読を行う方が多くのビットコインを得ることができます。
もっとも解法アルゴリズムを工夫するなどの余地も出ていますが、現実問題としてビットコインのマイニングはあるグループの独占状態に近い状態になってしまっているようです。
そのためビットコインの投機性が薄れ、他の仮想通貨に人が流れていっています。

ビットコインをはじめとする「仮想通貨」はこれまでの通貨のイメージを完全に打ち砕くもので、ブロックチェーンの技術とともにまったく新しい金融システムを作り上げる可能性を持っています。
しかし、一方で、まだまだ法的や倫理的な部分の基盤が脆弱でルールの設定も課題です。今後は国家間レベルでの仮想通貨の取り扱いに関しての議論も必要になるのではないかと思います。
プロフィール

気まぐれ社労士 

Author:気まぐれ社労士 
企業では安全配慮義務や労務管理、人事制度・諸規定など課題はたくさんありますが、今の企業では「疲れ」への対策がすごく重要です。少しでも人事関連で疑問やお困りのことがあればご連絡ください。きっと解決策が見つかります!





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